逸茂厳記氏が無精な事を云うのでありました。
「いやひょっとしたら二泊になるかも知れんよ。まあ、三泊にはならないと思うが」
補佐官筆頭が、肩から袈裟に下げた旅行カバンを撫でながら云うのでありました。
「その時はその時で、下着やらワイシャツやら靴下なんかは現地調達しますよ。準娑婆省の港湾施設の中にならコンビニとかあるでしょうからね」
「まあ、髭剃りとか歯ブラシとかタオルとかのサニタリー用品は、向こうの宿泊施設に完備してあるから、それは敢えて必要ないかも知らんけど、しかし向うで態々下着とか買い物するのも勿体ないだろうよ。私なんか、家にこれから急遽出張に出なければならんと電話したら、家内が三日分の下着とかハンカチとかそれに洗面用品とか、ご丁寧にも私の愛用のパジャマなんかも入れたこの旅行カバンを、超特急で拵えて車で持って来おったぞ」
「ほう、それは良く出来た奥様で」
拙生は補佐官筆頭の奥方の心根に感心するのでありました。
「いや、向うで私が値段とか無頓着にパンツなんかを買ったりするのが嫌さに、こうして手間であっても用意するのですよ。まあ、根がケチですからねえ、ウチの奥さんは」
「ははあ、成程。そう云うのは私も娑婆で覚えがあります。ウチのカカアも私の、私の小遣いに依るちょっとした買い物に対しても、金惜しみして一々ケチをつけましたなあ」
拙生は補佐官筆頭の言に納得の首肯をするのでありました。「そう云えば発羅津玄喜さんは今婚約中と云う事ですから、そこいら辺の金銭感覚をちゃんと踏まえて行動した方が、結婚した後、藍教亜留代さんに褒めて貰えますよ、屹度」
「ああいや、彼女の場合、寧ろ私の方が心配になるくらいの浪費癖がありまして」
「いやいや、自分の浪費に対しては、至って寛大なんですよ、カカアと云う生き物は」
「ふうん、そう云うものですかねえ」
発羅津玄喜氏は腕組みをして考えこむ仕草をするのでありました。
「さて、ぼちぼち乗船時間ではないでしょうか」
審問官が腕時計を見ながら云うのでありました。
「ああそうだ、こんな話しを呑気にしている場合ではないんだった」
補佐官筆頭がそう云って、乗船ブリッジの方を指さして、一亡者三鬼の準娑婆省への道行き連中に乗船を促すのでありました。
「態々のお見送りを感謝致します。それにお土産も有難うございました」
拙生は審問官と記録官にお辞儀するのでありました。
「いや、とんでもない。娑婆への道中が安らかである事をお祈りしております」
審問官と記録官は合掌して、拙生より深いお辞儀を返すのでありました。
ブリッジの方に歩きだすと何処からともなく、娑婆の空港なんかによくいる制服姿の案内の女性が近づいてきて、我々に一礼した後、乗船までの道筋を先導するのでありました。
「ああ、お迎えが参りました」
補佐官筆頭が、女性が近づいてきた時に拙生に向かってそう云った口調は、何となく娑婆に於いて、人の葬儀に際して司会者が云う文句のような響きがあるのでありました。
(続)
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