(栗原節子あて) 今明け方の四時半頃です。日課がメチャメチャにあれています。 僕には「習慣」というものがつかないらしい。これは恐ろしいことで す。 ところでその後お元気ですか。鵠沼の春先はいかがです。ここへ きて僕は部屋の中ばかりに閉じこもっているので、季節からおきざ りにされたようです。でも、何か思い出せそうでいて思い出せない 気持ーーあの春先特有の気持にはふとおそわれますが……。 昨夜「純白の幸福」を読んでみました。リルケの短編小説集で す。「墓掘り」とか「最後の人々」とかは立派なものです。でも星 華派的すぎてへこたれるのもあります。初期の作品集だから仕方あ りません。まあ小説の方はともかくとして、彼の詩は僕には絶対的 です。彼は何もかも「視て」しまう人です。音楽さえも「視て」し まいます。例えばこんな具合にね。 私たちの/消えてゆく心の方向のうえに/垂直に立っている時 間よ…… それから「沈黙」するということの重要性を、僕は彼に教わりま した。「沈黙」は壺のようなものです。「言葉」はその破片でなけ ればならない。僕達の手に「沈黙」が重くなって、思わずそれをと り落した時、「言葉」はうまれる。それが詩になる本当の「言葉」 だ……。そんな風に僕は考えています。 もしお暇があったら、一度遊びにいらっしゃいませんか。今月の 二十三日まではこちらにいます。その間だったらいつでも結構。お 待ちしています。では 32・2・13
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