正面橋は正面通りにつながる鴨川にかかる小さな橋で、北には五条大橋が、南には七条大橋がある。 正面橋から正面通りを通って東に行けば方広寺跡に建てられた豊国神社、西に行くと東本願寺に突き当たる。正面通りの『正面』とは、方広寺にあった大仏の正面から始まることに由来すると言われる。 唐沢と美香の二人は銀閣寺を見て、寺の庭を一周すると、昼食もそこそこに正面橋のたもとにかけつけていた。 そこは事件現場である。 黄色いテープが張られてその中には多数の捜査員の姿がみられた。 唐沢が近づくと見張りの制服姿の警官が寄って来た。 「ちょっと、ちょっと、あんさん、ここから先は、入れまへんで」 「入れまへんか? そやろなあ……」 唐沢は警官につられて京都弁で返事をしたが、思い直すと言った。 「ちょっとだけでいいですから、見せてくれませんか? 現場を」 「そら、困りまんな、あきまへん。 関係者以外は入れまへん。 どうぞ御引き取りを」 その時、聞き覚えのある男の声がした。 「おい、唐沢、唐沢やないか。 帝都警視庁の刑事が何やってんだ、こんなとこで……」 男は中肉中背だが、引き締まった体躯でその上に柔和な顔が乗っている。 唐沢の前に立ち塞がっていた警官は、男と唐沢の間で一瞬怪訝な顔をしたが、どちらにともなく一礼すると橋の方へと戻っていった。 「ああー、毛利先輩でしたか。 私は新婚旅行でこちらに来てたんですが……」 「新婚……ああ、そう言えば、そんなメール貰ってたな……ってことは、こちらが奥さんか、柔道、黒帯の……」 「ええ、そうっす、二段です。 お腹に子供も、はい」 「主人がお世話になっております、唐沢の家内の美香です」 美香は大きな身体を縮めて頭を下げたが、亭主の先輩と知って愛想よく挨拶した。 「お腹にお子さんまで……唐沢、お前、相変わらず仕事が早いな」 「いえ、それほどでも、ないっす」 唐沢は頭をかいた。 「まあ、今回は新婚旅行なら誘わんが、そのうち、親子三人で、うちに遊びに来いよ」 「はい、有難うございます」 唐沢は素直に頭を下げた。 「ところで、先輩、捜査なんでしょう、転落事件の……」 「ああ、そうだが……ちょっと厄介な事件でな、弱ってんだ」 先輩と呼ばれた男は顔をしかめた。 続く
↧