聞き終わるや、少年はクラクションを一回鳴らし片手を上げ消えていった。「お兄ちゃん、お宮様には行かないの?」 「う、うん。あっそうだダムごっこは止めて、かくれんぼしようか!」「かくれんぼ?」「うん。じゃあ、リカが鬼」「エッあたしが鬼?」 「次は僕が鬼になるからさ。早く目をつむって10数えて!」「本当だよ。いち、にい、さん…」 ユウタは、リカが数え始めるや否や、家の中へ戻り、右手を握りしめながら出て来た。 その手をズボンのポケットに突っ込むと、古ぼけた自転車に股がりながら、小声でリカに向かって叫ぶ。「まぁだぁだよ…」 その夜はユウタの帰りが遅く、心配した母が行き先をリカに尋ねたが、『お宮様』とだけ答えた。 帰ったユウタは目蓋が腫れるまで、母に泣かされた。 ユウタが叱られている間、ずっとリカも隣で泣いていた。母の説教から解放され子供部屋へ戻ると、ユウタはズボンのポケットから丸めたちり紙を取り出し、黙ってリカの胸元に押し付けた。 ベタベタと赤い汁が染み出たちり紙の中には、二つ折りの「梅ジャムせんべい」がシナシナになってかくれていた。 「もう、いいよ!」 遠い記憶の中から、私の耳元で優しく囁く。「リカ、やっとお兄ちゃん見つけたよ」 <おわり>
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来週から、コント「擬態」を連載します。「擬態」とは、動物が攻撃や自衛のために、体の形・色などを周囲の物や動植物に似せることを言いますが…。