津村秀介は1982年の『影の複合』でデビューした推理作家で、ほぼ一貫してアリバイ崩しをテーマとした長編ミステリを書き続けた作家です。 『週刊新潮』の「黒い報告書」の執筆担当者のひとりとして長く活躍していたそうで、ミステリでも謎を解く探偵役は週刊誌の記者かフリーのライター。 シリーズ・キャラクターは浦上伸介というフリーライター。火曜サスペンス劇場(通称“火サス”)で一世を風靡した「弁護士・若林鮎子シリーズ」の原作です(主演は眞野あずさ。助手役の橋爪功が眞野あずさを“鮎っぺ”と呼びかけていたのが、なにもかも皆なつかしい)。 この『瀬戸内を渡る死者』は、浦上伸介が出てこない数少ない長編のひとつ。 いちおう女性週刊誌の記者が他殺体の発見者として最初から事件にかかわりますが、謎(アリバイ)を解くのは香川県警のベテラン刑事。 1985年発表の著者7作目の長編です。 高校生から大学生のころ、かなりまとめて津村秀介を読みましたが、その中ではこの長編が最高傑作でした。 鉄壁のアリバイの前に焦燥する捜査陣。アリバイを崩す糸口が見つかると、次の防壁を持ってくる犯人。 緊密で、リズムと緊張感を維持したプロットになっています。 鮎川哲也以来の正当なアリバイ崩し長編に仕上がっています。 トリックも大きく、高木彬光の某代表作のメイントリックの変形ですが、うまく利用しています。 また、若い女性記者の感情の高ぶりが、叙述トリック的な効果を生んでいます。 津村秀介の残念なところは、本格マインドはあるのに、とにかく作風が地味であること。 週刊誌のライターだったこともあるかもしれませんが、小説に外連味が皆無。文章が無味乾燥。 浦上伸介シリーズは、刑事と記者のオジサンたちが居酒屋でビールを飲みながら地味に謎解きをするシーンが定番。 シリーズ後半は、前野美保という若い女性アシスタントがレギュラーに加わるものの、この子も華がない。 津村秀介は約60作のアリバイ崩し長編を発表しており、やはり多作だったせいか、同じトリック、同じシチュエーションを焼き直して繰り返し使っている例が多く、傑作揃いというわけにはいきません。 また、警察を差し置いて、週刊誌記者がいつもいつも先にアリバイトリックを破るのも不自然。 しかし、『瀬戸内を渡る死者』のほかにも、『浜名湖殺人事件』(1990年)など隠れた傑作があるので、このブログで少しずつ紹介していきます。 名作が埋もれてしまうのはもったいないことです。
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