<イエスは、これを聞いて会堂長に言われた。「恐れることはない。ただ信じなさい。そうすれば、娘は救われる。」<50節)>
主イエスが帰って来られると、群衆は大喜びして出迎えた。そこへ会堂長ヤイロが来て、主イエスの足元にひれ伏し、自分の12歳の娘が死にかけています。すぐに自分の家に来て下さいと願い出た。
会堂長は会堂における管理、礼拝などを司り、安息日の祈祷、聖書の朗読をする人を選び、礼拝秩序が正しく保たれるよう配慮する要職である。また、ユダヤの律法では、子どもは12歳までが未成年、13歳になると男子は堅信礼を受け、女子は結婚できるとされた。
会堂長は、重態となった娘を前にして、自分の持っていた地位や財産が娘を救うのに何の役にも立たないことを知った。自分の無力さを知った時、彼は初めて主イエスの力が見えた。彼は、全身を投げ出して、主イエスに願い出た。
一行がヤイロの家に向かう道も群衆が主イエスの周りに押し寄せて来た。その群衆の中に12年間、出血が止まらず苦しんでいる女がいた。彼女は医者に全財産を使い果たしたが、治ることはなかった。彼女は主イエスの後ろから近寄り、その服の房に触れた。
すると、直ちに出血が止まった。群衆の多くは何らかの救いを求め、彼女以外にも多くの人が主イエスに声をかけ、直に触れ、服にも触れたと思われるが、主イエスは「わたしに触れたのは誰か」と言われた。
出血が止まらない病を持つ女性は、ユダヤの社会では彼女が罪ゆえに「汚れた者」となったと蔑まれていた。財産も使い果たした彼女は見た目も惨めなものであったろう。人中で助けて下さいと声を上げることも許されない身だと承知していたので彼女は後ろから主イエスの服の房に触れるだけで十分だった。けれども、確かに血が止まった。
「誰かがわたしに触れた。わたしから力が出て行ったのを感じたのだ」という主イエスの声に、女性は震えながら進み出てひれ伏し、事の次第を皆の前で話した。そのとき、自分を卑下し、社会の片隅で生きる闇の生から、彼女は光に向かって生きる生へと変えられた。
しかし、その間にヤイロの娘は死んでしまった。嘆く会堂長に「恐れることはない。ただ信じなさい。そうすれば、娘は救われる」と言われ、主イエスは彼の家に入られた。主イエスは娘の手を取り「娘よ、起きなさい」と呼びかけられると、娘はすぐに起き上がった。
会堂長、長血で患っていた女性、二人の「ためらうことなしに身を委ねる」信仰を主イエスが認められた。
日曜日はお近くの教会で礼拝を http://www1.ocn.ne.jp/~church/japan.htm どなたでもどうぞお越しください。お待ちしています。
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