<裏表紙あらすじ>
メキシコの麻薬撲滅に取り憑かれたDEAの捜査官アート・ケラー。叔父が築くラテンアメリカの麻薬カルテルの後継バレーラ兄弟。高級娼婦への道を歩む美貌の不良学生ノーラに、やがて無慈悲な殺し屋となるヘルズ・キッチン育ちの若者カラン。彼らが好むと好まざるとにかかわらず放り込まれるのは、30年に及ぶ壮絶な麻薬戦争。米国政府、麻薬カルテル、マフィアら様々な組織の思惑が交錯し、物語は疾走を始める――。 <上巻>
熾烈を極める麻薬戦争。もはや正義は存在せず、怨念と年月だけが積み重なる。叔父の権力が弱まる中でバレーラ兄弟は麻薬カルテルの頂点へと危険な階段を上がり、カランもその一役を担う。アート・ケラーはアダン・バレーラの愛人となったノーラと接触。バレーラ兄弟との因縁に終止符を打つチャンスをうかがう。血塗られた抗争の果てに微笑むのは誰か――。稀代の物語作家ウィンズロウ、面目躍如の傑作長編。 <下巻>
「このミステリーがすごい! 2010年版」第1位、週刊文春ミステリーベスト10第2位、です。
帯には
「腐敗と裏切り、復讐のサーガ。」
とあり、麻薬戦争を描く年代記です。ジャンル分けすると、犯罪小説になるのでしょうか。狭義のミステリではありません。
ドン・ウィンズロウといえば、「ストリート・キッズ」 (創元推理文庫)をはじめとするニール・ケアリーシリーズや、出版社が角川に移って出た「ボビーZの気怠く優雅な人生」、「歓喜の島」 、「カリフォルニアの炎」 (角川文庫)のように、サスペンスフルではあっても、ユーモア漂うというか、余裕がある作風だったのですが、この「犬の力」 〈上〉 〈下〉 (角川文庫)は違います。
長期にわたる物語なのに、疾走感あり。
何と言っても麻薬マフィアですので残虐なシーンも多々ありますので、苦手な方は気を付けていただく必要がありますが、熱いストーリーに浸れます。
タイトルの「犬の力」が何を指すのかは明記されていません。
冒頭に、詩編二十二章二十節からの引用として
「わたしの魂を剣から、
わたしの愛を犬の力から、
解き放ってください」
と掲げられています。
途中、「ケルベロス」という語がコードネームとして登場します。ケルベロスは、冥府の門の番犬(ではなく案内係と説明されていますが)、なので、ちょっとしたつながりはあるのでしょうが、これも明示はありません。訳者あとがきで東江さんが一つの解釈を提示しておられます。説得力ありますのでご確認ください。ただ、ラストを読むと、意味が分からなくてもよいのではないか、という気もします。
さまざまな登場人物が入り乱れて、一大物語を織りなしていく、というのが、小説の醍醐味の一つだと思いますが、この本はまさしくその好例だと強く感じます。最初、読みながら、船戸与一が「山猫の夏」 (講談社文庫)を書いたように、ウィンズロウもウィンズロウ版「赤い収穫」 (ハヤカワ・ミステリ文庫)を書こうとしたのかな、とも思ったのですが、この勝手な推測が正しかったかどうかは読んでお確かめください。
テーマがテーマなだけに、万事ハッピーエンド、というわけにはいかないですが、どっしりとした充実な読書の時間が約束されています。
<蛇足>
そういえば会社の若い部下(女子)がこの本を読んでいて、「おもしろい?」と聞いたら、「とてもおもしろいです」と答えていたのを思い出しました。こういうハードな本を読みそうには見えない子だったので、かえって印象的でした。
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