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お前の番だ! 164

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 万太郎の気配にあゆみがすぐに顔を向けるのでありました。 「ああ、そんなわけですから今日はこれで失礼します。稽古有難うございました」  あゆみは威治教士に向かってお辞儀した後、すぐに万太郎の方に向き直って立てと手ぶりで合図するのでありました。  万太郎が立ち上がるとあゆみは急くように威治教士の傍から離れるのでありました。万太郎は威治教士に一礼してからあゆみの後を追うのでありました。 「さあ、道分先生に挨拶してから、早く調布に帰りましょう」  道場を出る時にあゆみが云うのでありましたが、その口調が少し不機嫌であるような気がするのでありました。威治教士に何か愉快ならぬ事を云われたのでありましょうか。  出入口であゆみを先ず通して、その後に万太郎は道場に向かって一礼してから、あゆみの後について更衣室の方に廊下を進むのでありました。 「着替え終わったらここで待っていて」  あゆみはそう云い残して女子更衣室の中に消えるのでありました。未だ少し怒ったような口調であるのが、万太郎としては気になるところではありました。  更衣を終えて、廊下であゆみが更衣室から出てくるのを待っていると、内弟子の堂下が奥から廊下を趨歩してくるのが見えるのでありました。 「折野さん、道分先生がお待ちです」  堂下は万太郎の横で歩を止めると一礼しながら云うのでありました。 「態々呼びに来たのか?」 「ええ。今日は遅いな、と先生が呟かれたので、それで呼びに来たのです」 「それは済まんな。今日はあゆみ先生が一緒だからちょっと時間がかかっているんだよ。ほら、女の着替えは色々手間がかかるし、着替えた後も髪とか顔の面倒な微補修工事なんかがあるからな。男のようにつるっと服だけ替えればお仕舞いと云うわけにはいかない」 「ああ、成程」  堂下が納得気に頷いたタイミングで女子更衣室の扉が開くのでありました。 「はい、手間のかかる女の着替えと、髪と顔の面倒臭い微補修工事、終わり」  あゆみがそう云いながら廊下の万太郎と堂下の前に出てくるのでありました。万太郎と堂下は今の会話を迂闊にもあゆみに聞かれて、決まり悪そうな顔をするのでありました。 「・・・押忍」  万太郎と堂下が並んで声を揃えて、慌てて間抜け面を隠すようにあゆみに深めのお辞儀するのでありました。あゆみはその二人のたじろぐ様子を可笑しがって口に手を添えて笑むのでありましたが、その顔からはもう先程の不快気な色は失せているのでありました。  その日の道場の雑事も無事に終えて、最後から二番目の風呂を使った良平が、普段になく愉快気な鼻歌を口ずさみながら内弟子部屋に帰ってくるのでありました。 「ああ、良い湯だった。万さんもゆっくり浸かってこいや」  良平の口調が如何にも機嫌が良いのは、明日が道場の休日だからでありありました。 (続)

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