初野 晴さんの「千年ジュリエット」を読了。 ーコンクールを終えたチカとハルタ達吹奏楽部の次の舞台は文化祭。だが、チカとハルタが憧れる草壁先生に女性の来客が。草壁の恩師の孫娘だという彼女が持って来た謎とは……。ー 文化祭という一大イベントを控えてざわつく学校という、独特の雰囲気がなつかしく思える。 「エデンの谷」は、草壁の恩師の孫娘である真琴が持ち込んだ謎。祖父が遺した高価なピアノの鍵を探すこと。類いまれなる音楽センスを持ちながらピアニストにならなかった真琴と、同じく指揮者にならなかった草壁。吹奏楽部で音楽に親しんでいるチカ達に、真琴は「音楽で食べてゆくこと」の厳しさを語るが、まさにその通りだと思う。好きの延長だったり周囲より技術があるからと音大に進んでも、卒業する時には自分が進む道が閉ざされる厳しさ。果たして草壁に何があって高校の吹奏楽部顧問になったのか非常に気になるが、ピアノの鍵の謎もなかなか面白かった。 「失踪ヘビーロッカー」は今作品の中で一番笑えるお話。タイトルもとても巧いなと思う。甲田君の機転の利かせ方も良かったが、タクシーの運転手さんが面白い。彼は意外なところで再登場して驚いた。キャラクターの使い方が本当に巧いなと思う。 「決闘戯曲」は演劇のお話。西部開拓時代、第一次世界大戦時代、そして現代。決闘を生き残った一族の物語だが、彼等は皆右目が見えず、左手が使えないという共通点があった。絶望的に不利な状況なのに生き残れたのは何故なのか。真相を知ると「ああ、そうか!」と思うが、全く思いつかなかった。 表題作である「千年ジュリエット」は実に切ないお話だ。「ジュリエットの秘書」という恋愛相談のサイトを立ち上げた女性達。年齢も職業も様々な彼女達がいる場所は病院だ。残された時間の少なさを知る彼女達は、サイトに寄せられた相談事に答えることを楽しみにしていた。そして「私」はかつて病院に慰問に来てくれたサックス奏者の少年に会う為に、高校の文化祭を訪れる。 この本に収められている作品はどれも「誰かに残すもの」だ。祖父から孫へ、先輩から後輩へ、父から子へ、そして死に逝く者から生きる者へ。千年経ってもなくならないものは、寿命のある人間が目にすることはできない。しかし、何かを受け継いで歩き出す者は必ずいるのだ。顔を上げて歩き出す人の姿を見ることができて、悲しかったけれど読後感はとても良かった。
↧