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お前の番だ! 156

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「いやもう本当に、折野君はこのところ進境著しいものがある」  そう万太郎の後ろから声をかけて傍に正坐するのは、これもその日一緒に繋り稽古をした、矢張り十年選手で長久と同じ歳頃の、山仁専念、と云う変わった名前の男でありました。何でも実家がお寺で、そう云う風変わりな名前をつけられたのだそうであります。 「とんでもないです。僕なんか未だ到底、山仁さんや長久さんの域ではありませんよ」  万太郎は体の向きを変えてやや後退って山仁にも律義な座礼するのでありました。 「単に内弟子の稽古量を熟していると云うだけじゃなくて、才能があるんだろうな」  長久がべんちゃらに同調するのでありました。 「将来の常勝流総本部道場を背負って立つ逸材だな」  山仁が輪をかけるのでありました。 「止して下さいよ、消えてなくなって仕舞いますよ」  万太郎はか細げな声で云うのでありました。 「こんな処で何の座談会が始まっているんですか?」  そう云って近づいて来るのは未だ二十代後半の、これは万太郎よりは先輩で五年程のキャリアを持つ、仲真拝郎、と云う小柄ながら道場で一二の声の大きいヤツとして鳴らす男でありました。この男ともその日の繋り稽古を伴にしたのでありました。 「反省会ですか?」  そんな声をかけながらもう一人この座の中に加わるのでありました。これは、入手呉世、と云う名前の仲真拝郎と同年配のやけに背の高い男でありました。これでその日の繋り稽古を伴にした連中が総て揃った事になるのでありました。 「いやね、十年稽古をやっている俺が二年足らずのキャリアの折野君に、もう実力で抜かれて仕舞ったと云う話しだ。新入りの頃は呑気そうなヤツだと思っていたんだがなあ」  長久が横に座った入手呉世に云うのでありました。 「そりゃ仕方がないですよ。俺達は専門稽古生と云っても稽古量や稽古の質、それに厳しさに於いて内弟子の人とは格段の差があるんですからね」 「しかし量や質を同じにしたとしても、折野さんほどには俺はなれそうもない」  仲真拝郎が云うのでありました。年齢と古参新参の差からか長久や山仁は万太郎を君づけで呼ぶのでありますが、仲真や入手は万太郎より先輩に当たるけれどさんづけで呼ぶのは、万太郎と年齢が接近しているからと職業武道家への敬意からでありましょうか。 「間違いなく折野君は将来の常勝流を背負う逸材だろうから、今の内によいしょをしておく必要を俺は大いに感じているぞ」  山仁が案外の真顔でそう云うと入手と仲真、それに万太郎を芯に円座になった他の四人より、ほんの少し下がった処に正坐している来間が頷くのでありました。 「おい、来間、折角専門稽古生になったんだから折野君にみっちり仕こんで貰えよ」  長久が来間の方に首を捻じってそう激励するのでありました。「ああところで来間、お前繋り稽古の時に声が出ていないぞ。遠慮せずに先輩でも誰にでもどんどん声を浴びせろ」  長久は事の序でに来間を叱るのでありました。 (続)


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