行楽日和の週末ですね。我が家は昨日、修善寺へ行ってきました。この話はまた明日にでも写真を整理してから書きたいと思います。高尾山の記事へのお返事も明日書きまーす。
著者は数年前、騒ぎになったジャイアンツのGMだった方。ナベツネに解任されちゃったあの事件ですね。読売グループを離れられてからはいちジャーナリストになり執筆活動をされているのだとか。
最初、全然それを知らずに読み始めていたのですが、途中で気がついて、この本のテーマにさらに重みが増した気がします。まぁ、ジャイアンツの騒動のことはよくわからないのですが、信念を持って絶対的な権力を持つトップにNo!を突きつけることがどういうことなのか・・・、そういう問を抱きながら読んでいました。
「俺たちで決着をつけよう」会社の消滅時に、最後まで意地を貫いた社員の物語。16年前、四大証券の一角を占める大手、山一證券が金融危機のさなかに破綻した。幹部たちまで我先にと沈没船から逃げ出すなか、最後まで会社に踏みとどまり、真相究明と顧客への清算業務を続けた社員たちがいた。彼らは社内から「場末」と呼ばれ、煙たがられた部署の連中だった―。(BOOKデータベースより)
山一証券が破綻したのは1997年11月。もう15年以上が経つのですね。
あのときは、本当に日本中に衝撃が走りましたが、今ではどんな大企業が破綻しても驚かなくなりました・・・。
山一証券破綻の真相究明と清算業務を担った12人の姿を丹念に取材したノンフィクション。講談社ノンフィクション賞を受賞されたそうです。
法人営業が花形で絶対的な権力を握っていた山一証券で、社内の業務監査などを行う部署にいた人びとは組織の本流からはじき出された社員達でした。その部署が入居していたビルが本社のある兜町からは離れた場所にあったため「場末」なんて失礼な呼び方をされていたひとたち。
そんな彼らが使命感に燃えて、取り組んだ姿に胸を打たれます。
だって、戦後の経済瀬調とバブル経済のなかをサラリーマンとして生きてきた彼らにとっても、自分の会社が破綻してしまうなんて、青天の霹靂であり自分自身の行く末の心配だってあったはずだし、会社に裏切られたという気持ちだってたくさんあったんだと思う。今みたに、「会社なんてアテにならない」っていう空気なんてまだ大企業に勤めるひとにはほとんど感じられてなかった時代ではないでしょうか。
そんな自分自身の気持ちは横において、またはそんなやるせない気持ちをぶつける場として、彼らは破綻の真相究明という非常に難しく辛い業務に没頭します。そして明らかになっていく、デタラメの数々。
いや、読んでいてあいた口が塞がらないとはこういうことを言うんだなと思いました。ほんとに酷い。でもそんなでたらめに手を染めた人たちも、個人個人が悪人という訳ではない・・・。
「法人」という姿は見えないけど、抗いがたい力を持つ存在に絡めとられていただけなのでしょう。
調査の責任者を務めていた嘉本さんという常務取締役がたっての希望で調査委員会に加わってもらった國廣弁護士の言葉がとても印象的でした。
弁護士の國廣は、不正に手を染めた山一の経営陣が「会社のためにやった」という言葉を信じない。それは自分の地位のためだ、と思うからだ。「そこに彼らのずるさを感じるよ。そこで『おかしい』なんて声を上げると、組織からスピンアウト(はみ出す)してしまう。まじめすぎる人は、抱え込んで死んでしまうんだ」
しんがり、とは負け戦から撤退する時に部隊の一番後ろで、敵に相対する役目。山一証券でしんがりをつとめた彼らの現在の姿にも、修羅場をくぐり抜けてきた人たちの強さ、そして諦念、やさしさが感じられ、彼らが過ごしてきた年月を感じさせられました。
少し前に、三洋電機の破綻後を取材した「会社が消えた日」という本も読んだのですが、ほんとに何万人という社員を抱える会社が倒れるときの震動は凄いです。でもやはり時代によって人びとの意識も変わってきてるんだなと実感。
こちらも読んでみたいです。前出の國廣弁護士の著書。

修羅場の経営責任―今、明かされる「山一・長銀破綻」の真実 (文春新書)
- 作者: 国広 正
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2011/09
- メディア: 単行本