「私としては、この儘成り行きに任せたいような、任せたくないような。・・・」 「つまり、どっちじゃい?」 「ま、任せたい方に一票、と云った心持ちですかなあ」 拙生は指を一本立てて見せるのでありました。 「ふうん。そうすると実は、娑婆に逆戻りたいと云う了見でおるのじゃな?」 「ええ、まあ、どちらかと云うとそんなような。・・・」 拙生は立てていた指を仕舞って、何となく有耶無耶な頷き方をするのでありました。 「しかしそれは亡者殿の本分を全うする、と云う考えからは外れるわいのう」 「そうですね。向うの世とこちらの世の密接な連関性、或いは、節理を軽んじていると云われれば、確かに私には返す言葉もありません」 拙生はうなだれて身を縮めるのでありました。 「いやまあ、別にそんなに、悄気んでも構わんのじゃが」 閻魔大王官は拙生を気遣うのでありました。 「実はこんな事をほざくと、閻魔大王官さんに烈火のごとく怒られるかと思っていましたが、それ程お怒りにはなっていらっしゃらないようで?」 「まあ、怒っても仕方あるまいしのう」 「仕方がない、のですか?」 「ワシの不始末から生じた事態のようじゃから、元々ワシに責任がある事になるしのう」 閻魔大王官は口を尖らせて白い顎鬚を扱くのでありました。「亡者殿はもうすっかり娑婆に逆戻る心算になっておられるようじゃし、そのように取り計らうべく補佐官も動いているようなら、ま、そう云う事で構わんかも知れんのう」 「私が娑婆に逆戻る事をお許しになるので?」 「許すも許さんも、ワシの間抜けな仕業が生じさせたご迷惑となると、逆にワシの方が謝らんければならんくらいじゃよ。どうも済みません」 閻魔大王官はそう云って、昔娑婆の浅草演芸ホールの正月興行で観た、落語家の先代林家三平師匠みたいに、額に手を遣るのでありました。 「いやいや、とんでもない。私としては願ったり叶ったりと云った按配ですから」 拙生は両手を横にせわしなくふって見せるのでありました。 「まあ、向うの世に戻っても、体大事にしてください」 これも先代林家三平師匠の口調とそっくりなのでありました。 そうこうしている内に、補佐官筆頭が審理室に戻って来るのでありました。補佐官筆頭は閻魔大王官がいるのをちらと横目で見て、一瞬、思いっきりうんざりしたような表情をした後、今度はすぐに拙生に愛想の良い笑顔を向けるのでありました。 「亡者様、慎にご苦労ではありますが、これからすぐに準娑婆省の方へ行って頂きます」 「ああそうですか」 拙生は喜悦の笑いに思わず弛みそうになる頬にグイと力を入れて、なるべく無感動そうな抑揚のない語調で云うのでありました。 (続)
↧