最も有名なギリシア神話、パンドラの箱のことは誰もが知っているだろう。全能の神ゼウスに滅ぼされたプロメテウスの弟エピメテウスが兄から託されたのが黄金色の美しいパンドラの箱。絶対に開けてはいけないと兄から言われていたのに、妻のパンドラにせがまれてついにその蓋を開いてしまう。すると中から病気や妬み、盗み、憎悪、悪巧みなどのありとあらゆる悪が飛び出して世界に蔓延したのだが、箱の底には希望または予兆とされるものが残されたという話だ。
実は同じようなものが我が家にもあるのだ。壺の形をしているそれを私はパンドラの壺と呼んでいるのだが、その壺の中にあった悪しきものはすでに抜け出していて、中には希望だけが残されていると先祖代々伝えられてきた。
言い伝えとともに我が手にあるそれを振ると、微かにからからという感じが手元に伝わってきて、ああこれが希望なのだと信じていたのだが…。
先日、久しぶりに壺を取り出して埃を払ってみたら、蓋が緩んでいる。驚いて振ってみたが、あの気配もなくなってしまっているのだ。
折しも最近、世界の情勢が不安定で、嫌なニュースが多いだけでなく、私自身も心がざわめいて落ち着かず、身の回りに良いことがなにもなくなってしまったなぁと感じていたところだった。このことを考え合わせると、我が家の壺から希望が逃げていったのだなと納得できる。
私は腹をくくった。先祖から伝えられてきたこの壺から本当に希望が逃げてしまい、もうなにも残されていないのか確かめてみよう。
引き出しからペンライトを取り出し、壺の緩んだ蓋を静かに開けて中を光で照らしてみた。
希望は失われてしまっていたが、なにかが残っていた。そしてそれがなにものであるのかは即座にわかった。想像通りのものだったからだ。おそらくそれは決して壺の中から逃げたさないものだとも知っている。
私は黙って壺の蓋を元通りに締めた。絶望に打ちひしがれながら。
了
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