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イザヤ書 61章1~11節

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<わたしは主によって喜び楽しみ、わたしの魂はわたしの神にあって喜び躍る。主は救いの衣をわたしに着せ、恵みの晴れ着をまとわせて下さる。花婿のように輝きの冠をかぶらせ、花嫁のように宝石で飾ってくださる。(10節)> 外敵からの妨害に加えて、帰還した人々を指導する立場の者たちによる異教の神々と混淆した教えがはびこっていた。彼らが神の権威を主張し得たとしても、彼らの偽りは私利私欲に関わりそれはイスラエルの平安にはつながらなかった。 預言者は不安の中にいる人々に「主はわたしに油を注ぎ、主なる神の霊がわたしを捉えた。わたしを遣わして、貧しい人に良い知らせを伝えさせるために。打ち砕かれた心を包み、捕らわれた人には自由を、繋がれている人には解放を告知するために。」と告げた。 解説書は「神の力は蓄えられるものではなく共同体全体に伝えられるのであり、それによってすべての人間が破壊されていたものの再建に参加することが出来るようになるのである。」と説いている。私たちの教会でも難問が起きているので、この言葉にハッとする。 預言者の言葉に「彼らはとこしえの廃墟を建て直し、古い荒廃の跡を興す。廃墟の町々、代々の荒廃の跡を新しくする」人々が力を得る。 再建計画の中心に神の正義と憐れみを置かれていることを知り、彼らの共同体が「主が輝きを現すために、植えられた正義の樫の木」であることを知る。それは長く異教の神々に染まってしまっていた民を、神を賛美する真実の生を生きる民へと変えていった。 そして、エルサレムでの民の尊厳の回復が語られる。すべてを略奪され、捕囚の民として異邦人に仕える屈辱を味わったが、次には「他国の人々がたってあなたたちのために羊を飼い、異邦の人々があなたたちの畑を耕し、ぶどう畑の手入れをする。」と。 出エジプト記19章「今、もしわたしの声に聞き従い、わたしの契約を守るならば、あなたたちは全ての民の間にあって、わたしの宝となる。世界はすべてわたしのものである。あなたたちは、わたしにとって、祭司の王国、聖なる国民となる。」 と、シナイ山でモーセに呼びかけられた、主の呼びかけに対するイスラエルの資格は今も色あせていないと告げられている。 「苦しみは必ずしも霊的成長に繋がらない。それは、他者をその原因としたり、神を非難することにさえつながる。罪の悔い改めに至る苦しみと、自己を完全に神の憐みへと投げ出すことのみが、苦しみを神の癒しの力に開かれたものとなり、苦しみを贖うことが出来る。」と解説書は説いている。 私たちの教会は難門を前に、逃げ道を探し、他者の所為だと思いたいのかも。 日曜日はお近くの教会で礼拝を http://www1.ocn.ne.jp/~church/japan.htm どなたでもどうぞお越しください。お待ちしています


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