お湯が沸騰して、蓋が小躍りしていた。 慌てて一度、火を消した。 …あいつも素麺食べるかなあ…。 しかし、何でこんな遅い時間になったのだ! 私は、乾麺の口を開け、何束入れるか迷っていた。 「お邪魔します。」 「あ、はいどうぞ。」 気が付くと、雅治が入って来ていた。 「玄関の鍵は、閉めておいて良かった?」 「うん。ありがとう。」 雅治は、居間に入って、ぐるっと部屋を見渡す。 「へー…綺麗にしているね。」 え?そう? 何かもっと、嫌味言われるかと思っていた。 一瞬得意げになった。 けど、 「…人が来るから、勿論片づけたよ。」 と、何でも無い事の様に言ってみせた。 「雅治は、素麺食べる?」 「え?あ、うん。」 「わかった。あ、どうぞ。その辺、座っといて。」 「…失礼しまーす…。」 雅治はテレビ前のソファーに座り、お泊り用と思われる大きな鞄をソファーの脇に置いた。 やはり食べるか。 私は、再び火をつけ、二人分の素麺の束を入れた。 …良く考えると、ほぼ、知らない成人男性と二人っきり。 …でも、そう考えたく無い…。(笑) こいつは友達の、大切な弟である。 しかも、困って、頼って来ているのだ。(多分、きっと) と、自分に言い聞かせた。 異性の対象で見るのは、何だかいけない事の様に思えた。 向こうもそんな気さらさら無いんだから、私が警戒しても気持ち悪がられるのがオチだろう…。 と、緊張したり、恥ずかしがるのを我慢して、 毅然と、平気なフリをした。 「それで。」 沈黙気味な空気感の中、私が口火を切った。 「何でこんな時間になったわけ?」 素麺のタイマーをセットし、ネギを刻みながら話しかけた。 「仕事場に寄ってきたのと…荷物出してきた。」 「荷物出してきた?…どこから。」 そうだ。 そもそも、こいつの実家はここから200キロ程離れた大きな都市の華やかな中心街にある。 仕事とはいえ、こんな田舎町にわざわざ来ているのは何の為なのだ。 それに、宿を決めずに仕事に来たのか?それなら、なんという無計画だ。 家に泊めるなら、私にだってそれくらい聞く権利はあるはず。 「それがさあ…。」 雅治は、私がいつも座るソファーの定位置から、後ろを振り返り話していた。 「住み込み先が改築する事になって…、家を出なくちゃならなくなったんだけど…。改築期間一カ月位かかるらしくって…ホテル泊まるのに一カ月ってのは長いし…、新しく家を借りるにはすぐ見つからないし、まとまった金も無いし…で、翔和子がこの町にいるのを思い出したから連絡してみたんだ。それで、泊めてもらえそうだったから、さっき荷物出して来た。助かったよー。…翔和子って一人暮らし?実家じゃないんだ。」 と、周囲を見渡して、他の同居人がいないと分かったようだ。 今更? もしかして、今更その確認した? 私は、その軽い考えと行動に、心の中で突っ込んだ。 「実家だったんだけど…最近一人暮らし始めたばっかりなんだ。実家はすぐ近くだしー…。」 ん?待て待て。 もっと聞かなきゃいけない情報があるはず。 住み込み先が改築していて…その期間が一カ月位で…って…それで?家を借りるまで?それはいつまで? だけど、質問をする前に素麺のタイマーが鳴った。 火を止めて、すぐ、お湯を切って麺を水で冷やす。 「何か手伝う?」 気が付いたら、やる事が無い雅治はすぐ後ろに来ていた。 「えーっとー…。」 と、私がぼやぼやしていると、 「素麺だけ?他にも何か作る?」 と、冷蔵庫を開けている。 そうだった。 こいつは料理人だった。 「はー…さすが。カッコいいね。」 自分は料理が得意では無いので、できる人は素敵に見える。 「はぁ?」 何が?まだ作ってないだろ。 とでも言いたいのか、雅治は私を横目で睨み、キレ気味に答えた。 …そんなにキレなくてもいいじゃない…。 思った事言っただけなのに。 しかも、褒めているのに…。 相変わらず可愛くないし、怖いわぁ…。 「どうぞ…、お好きなように使ってください。」 と、素麺の準備が終わった私は、ふてくされて引き下がった。 みやびに気を使わずケンカ出来るが、まだケンカする訳にはいかない。 (家をめちゃくちゃにされたら困る。) 素麺二人分をテーブルにセットし(器が無いから変な入れ物)、雅治が何か一品作っている、その後姿を見ていた。 近くで見たいけど、怒られそうだから。 冷蔵庫に残っている何かで手際よくおかずが作られているようだ。 「翔和子、ごま油ある?」 「あ、下の扉にあるよ。」 と、台所に行って足元の扉を開ける。 「醤油これ?」 「そう。」 「使って無いね。」 「うん。あんまり。料理しない。」 「…だろうね。」 「-」 反論はしない。 そうだから。 私は近づいたついでに、そのまま後ろから、雅治の料理の手元を覗いていた。 「お皿は?」 「あ、ああ…お皿…。」 使うことは無いと思っていた大きめのお皿を出した。 あっという間に、中華風の野菜炒めが出来ていた。 「すごーい…。」 美味しそうで、顔がにやにやしてしまった。 雅治はそのままフライパンを洗っている。 「あ、ありがとうー。」 「あ?何が?」 「え?洗い物までしてくれて…。」 「は?当たり前だろ?」 え?当たり前なの? いちいち、返答が…やはり可愛くない。 が、なんて、感心な姿なんだ。 しょうがない。 ここは快く泊めてやろう。 あ、泊まるから、作ってくれたのか。 …まあ、良いか。
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