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もうじやのたわむれ 296

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「ああそうですか。まあ、緊急の折、そう云って頂くと助かります」  補佐官筆頭はそそくさと一礼して、これ以上拙生に質問を重ねられては叶わんと云う横顔をちらと見せて、もう一鬼の補佐官の袖を引きながら、逃げるように審理室を出て行くのでありました。拙生が頭皮のヒリヒリ感を感じた、なんと云うのは、まあこの際、如何にもどうでも良い質問でありましたから、拙生は別に気を悪くもしないのでありました。  拙生は審理室に一人、いや一亡者、取り残されるのでありました。さて、拙生自身はここでどうしたら良いのでありましょうや。要は何もせずに、黙って事の成り行きを待っていればそれで良いのでありましょうが、しかし自分の不始末のせいではないにしろ、当事者である事は間違いないのであります。補佐官筆頭や他の補佐官達は拙生のために、右往左往しているのであります。それなのに自分だけ手持無沙汰に、火鉢の中の埋み火のように、ここにこうしてのんびり座っていると云うのも、何となく気が引けるものであります。  でありますからここは一応、拙生は我が行く末を嘆く事にするのでありました。嗚呼、拙生のこちらの世での生まれ変わりは、一体どうなるのでありましょうや。・・・  そう嘆息してみても、さっぱり切迫感がないのでありました。寧ろ何やら好都合に事が進行しているような気がして、思わず口の端に薄ら笑いが浮かんで仕舞うのであります。  前に審問官とか記録官から聞いた話しとか、補佐官筆頭が以前準娑婆省に出張した経緯の話しなんぞから推察すると、拙生はどうやらこの後、娑婆の方に逆戻りする事になるようであります。娑婆を不意に立退いてきた拙生としては、実のところ娑婆には未だ未練たっぷりでありますから、この儘すんなりとこちらの世に生まれ変わるよりは、もう一度娑婆に逆戻る方が、どちらかと云うと願ったり叶ったりと云うものであります。ですからこの降って湧いたような好展開に、内心、北叟笑まずにはいられないと云うものであります。  拙生はもうすっかり、娑婆に逆戻る気になっているのでありました。そうなると、ボールペンで頭を掻いたら頭皮がヒリヒリした、とか云う質問なんかは、全く無意味に思えてくるのでありました。と云うか、亡者の仮に関する質問も、こちらの世の地名の事も、宿泊施設のサービスへの疑問なんかも、全く以ってどうでも良くなるのでありました。  しかし首席事務官と協議した補佐官筆頭が、前例とは違って、拙生が娑婆に戻る事なくこちらにちゃんと生まれ変わるための、何やらあっと驚くような秘策を考えついて戻って来たりしたら、この娑婆へ逆戻ると云う目論見は後破算となって仕舞います。それは実に困る事であります。まあ、そんな秘策があるのなら、今までの話しの中で何となく仄めかされていても良い筈でありますが、これまでの会話中にそう云う手触りは全く感じられなかったのでありますから、ここは一番安心していても構わないでありましょう。それに補佐官筆頭の口ぶりも処置も、拙生が娑婆へ逆戻る事を前提としているようでありましたし。  こんな事をウダウダ考えていると、閻魔大王官が小便から戻って来るのでありました。 「おや、お手前だけかえ?」  閻魔大王官は拙生が一人で、いや一亡者で椅子に座った儘でいる事に、気楽そうな声で不思議がって見せるのでありました。 「ああ、これはこれは、お帰りなさい。随分ごゆっくりでしたね」 (続)

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