<エジプト人は人であって、神ではない。その馬は肉なるものにすぎず、霊ではない。主が御手を伸ばされると、助けを与える者はつまずき、助けを受けている者は倒れ、皆共に滅びる。(3節)> 出エジプト15章「モーセが手を海に向かって差し伸べると、夜が明ける前に海は元の場所へ流れ返った。…ファラオの馬が、戦車、騎兵もろとも海に入った時、主は海の水を彼らの上に返された、しかし、イスラエルの人々は海の中の乾いたところを進んだ」 1節で預言者は、イスラエルの聖なるお方を仰がず、主を求めようとせず、出エジプトの時の「馬、戦車、騎兵」に頼ろうとする民の愚かさを諌めた。 しかし「反逆の民、偽りの子ら、主の教えを聞こうとしない子らは、先見者に向かって『見るな』と言い、預言者に向かって『真実を我々に預言するな。なめらかな言葉を語り、惑わすことを予言せよ。道から離れ、行くべき道を逸れ、我々の前でイスラエルの聖なる方について語ることを止めよ』と言った」 それらの人々になおも預言者は「エジプト人は人であって、神ではない」と告げた。解説書は「神がなければ人間は何者でもなく、霊がなければ肉は何者でもない。『霊』は、単に生命の息ではなく、エネルギー、精神力、生の喜びの源泉である」と説いている。 子どもが小さいころ「とにかく、元気でのびのびと育ってくれればそれでいい」と言うと、Hさんが「私たちはゴリラの子を育てているのではないのよ」と言われた。その時、心こそが大事なのだと気付いた。今ではそれが「霊的に」であることだと思う。 紀元前671年、エジプト王タハルカがユダの王ヒゼキヤと同盟を結ぶと、アッシリアの王がエジプトに侵攻し、タハルカは追放された。664年、アッシュールバニバルへの遠征によって第25王朝は滅亡し、アッシリアの庇護の下で26王朝の時代になった。 Wikipediaによっても確かにアッシリアによってエジプトの弱体化が始まって行く。そして、エジプトを攻撃したアッシリアは625年、バビロニアやメディアの攻撃を受け首都ニネヴェが陥落した。バビロンはペルシャの王キュロスによって崩壊した。 助けを求めた国々は滅ぼされていった。それに対して「主は獅子のように神の民のために戦ってくださり、翼を広げた鳥のように神の民を守って下さいます。主はこのように豊かな恵みを約束し、民の立ち帰りを待っていて下さるのです。主の約束こそが、私たちの悔い改めの基礎なのです。」と三好牧師は結ばれる。 日曜日はお近くの教会で礼拝を http://www1.ocn.ne.jp/~church/japan.htm どなたでもどうぞお越しください。お待ちしています。
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