最近バタバタしているのですが、図書館の予約がようやく回ってきたので読みました。
(以下気持ちネタバレはいります↓)
うーん、私ならここまでの三冊は、本来は杉村さんが探偵として活躍したシリーズを先に書いてから、振り返り的に書く気がするなあ。
あと、”ネットに詳しい”的な雰囲気をかもしつつ、実はネットでは常識(と私は思う)なことができないこと(捜査権限がないと調べられない的な。。。クロネコでもゆうびんでも荷物あるなら番号イッパツで営業所までは検索できると思う)のように描かれていて、それが意味もなくひっかかって、読みにくかったです。(ネットで調べてもわからないようにもう一つ仕掛けがしてあるんだから、別にここはすぐ調べられても行き詰る、でいいはず)
というかそれよりも、宮部氏が知らなかったとしても、この本が印刷される前に読んだ数々の人たち(編集の人、校閲の人etc)が誰も気付かないのか?という方がびっくり。というか常識じゃないのか?知る人しか知らないのか?
ただ、このネット社会、もしかするとこういうことって実は今後静かに蔓延するかも、という気がしました。
すごく簡単に検索したり調べたりできることが、そもそも”調べられる”ことを知らない人、という”ネット格差”社会が出来つつあるのかもしれません。ネットは調べればすぐに答えてくれるけど、そもそも”何を”調べるかわからない人にとっては、そこに行きつくのはなかなか難しいのではないか。
とすれば新聞や雑誌の存在価値はやはりいつまでもなくならない、ということですね。有意義なものがただそこにあるだけではダメで、”ここにこんなものがありますよ”と教えてもらうことには、対価を払う価値がある、ということ。
なんだ広告って何かってだけの話に近い帰着となってしまった。ただし広告は”それを知らしめてもらうことが利益につながる”場合積極的にするだけですから、それとはちょっと違うか。
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ペテロの葬列読了
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