小野不由美さんの「十二国記〜丕緒の鳥」を読みました。 ー慶国に新しい王が登極した。即位の礼で行われる儀式「大射」のために、羅氏の丕緒は新たなる陶鵲の製作を命じられる。「大射」とは、鳥に見立てた陶製の鳥を弓矢で射る儀式であり、丕緒は国の理想を表現する陶鵲の製作に苦慮する。長い間王の失政と不在によって苦難に喘ぐ多くの民を見て来た丕緒は、陶鵲とは民の象徴であるのではないかと考え、陶鵲作りに着手するー シリーズ12年ぶりの新作ですが、読み切りの短編集です。本編が王や麒麟、政治に関わる者達などを主体に描いているのに対し、今作に収録されているのはどれも民からの視線を描いています。そしていつも通り登場人物達に容赦のない世界です。 表題作の「丕緒の鳥」は、陶器製の鳥を射抜く儀式を描いていますが、この陶鵲というのが凄い。割れながらも音楽を奏でたり、割れた陶鵲の中から新たな陶鵲が生まれて飛び去ったり、陶器とは信じられないものです。ぜひこの「大射」を見てみたいものです。大事なものを失い、苦境に喘ぐ民を目の当たりにして創作意欲を失った丕緒が、新王である陽子の言葉によって再び陶鵲を作ろうと決意する場面、陽子の言葉が実に良い。ようやく慶に明るい兆しが見え始めたところが良い。しかし、私としては陽子が今どうしているのかが知りたいのです。 「青条の蘭」は山毛欅が銀色に変色することから物語が始まります。木材としてあまり値がつかない山毛欅が、銀色に変色するという奇病によって高値がつき、貧しい民や役人達が取り合いを始めます。しかし、森の荒廃は確実に村や里を滅ぼします。役人の標仲と旧友の包荒はこの現象を危ぶみ、なんとかして奇病を止めようとします。そして天が授けたのが青条。しかし、扱いが難しく量産することもできません。そこに新たな王が登極したとの噂が入ります。王に路木に願ってもらえば国中の里木に青条の種が宿る。しかし、その為には王が青条の現物を見る必要があります。王がいる宮まで雪深い中、標仲はひたすら歩き続けます。 王の不在が長過ぎてこれ以上ないという程に荒れた国。さて、この国は一体どこなのか。冬が厳しいなどの描写を元に一生懸命考えましたが思いつかず。後半、王が暮らす「玄英宮」という言葉が出て来てようやくわかりました。あの国好きなのに。12年の歳月は長かった。青条を王宮に届けるために走り続けるこの国の民。王がいないのに気まぐれのように薬となる青条を生やす天の意志。この十二の国を見下ろしている「天」という存在が恐ろしいです。新王があの人で心底良かったと思います。あの人好きな私には吃驚なプレゼントでした。 他にシリアルキラーに対して死刑の存続か撤廃で悩む法曹界を描いた「落照の獄」、国が滅びようとそれでも民が必要とする暦を作ろうとする「風信」の4作が収録されています。 「落照の獄」は死刑云々の議論がちょっと長過ぎるし、あの世界に現実世界の死刑論が通じるとも思えない。が、国が傾けば妖魔が跋扈すると同時に、人の心も変わってシリアルキラーが出現するというのは「成る程」と思いました。柳国の未来がお先真っ暗でなんともいえない。 「風信」は学者は世界が変わっても学者だなと。そしてツバメの雛が去年よりも多いという観測結果によって、新しい王が立ち、世界が良い方向に変わると断言するのも学者らしい。そしてこの新しい王というのも陽子のことです。最初と最後の話が慶国なのが巧いなあ。久しぶりに全作読み返そうかな。
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