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もうじやのたわむれ 292

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「いや、何でもありません」  拙生はおどおどと閻魔大王官から視線を外すのでありました。 「さてと、まあこれでお手前の生まれ変わりの手続きは滞りなく完了したわけじゃが、ま、さっきの、お手前の娑婆に居る奥方が頭の中に現れたと云う、夢か現かよう判らん現象の聴きとり調査があるで、お手前はこれから亡者生理研究者の控えておる応接室に行って貰うのじゃが、それはこの補佐官が案内するので、その指示に従って貰えば良いわいな」  閻魔大王官は拙生に満面の笑顔を向けた儘で、片手を挙げて後ろの補佐官筆頭を親指で差し示しながら云うのでありました。 「はい。どうもお手数をおかけしました。色々お示し頂いたご厚情を感謝いたします」  拙生は一応、そんな愛想を云うのでありました。 「いや何、それがワシの仕事じゃからのう」  閻魔大王官は先程の嚏の時に乱れた鼻の下の白髭を、指で整えながら云うのでありました。それから両手を文机について立ち上がる仕草をするのでありました。 「大王官さんもどちらかへ行かれるので?」 「ワシはちょっとこれから小便じゃ」  閻魔大王官は立ち上がって道服の裾の乱れを直すのでありました。「老人、いや、老鬼になると小便が近うなって、しかも我慢もなかなか利かなくなってのう。次の亡者殿の審理中に中座するのも体裁が良くない故、今の内に済ましておこうかと思ったわけじゃよ。ま、お手前に関しては、後はこちらの世に生まれ変わって後の幸福な霊生を祈るのみじゃよ」 「はい、有難うございます」  拙生は感謝の言葉を発するのに気後れを覚えつつも、一応お辞儀をするのでありました。 「ほんじゃあ、後は宜しく頼むぞい」  これは補佐官筆頭にかける言葉でありました。 「はい、承りました」  補佐官筆頭は脇にどいて、閻魔大王官の通るスペースを空けて一礼するのでありました。他の補佐官もそれに倣って一斉に頭を下げるのでありました。閻魔大王官は補佐官全員のお辞儀に片手で答礼して見せつつ、悠々と後ろの扉から審理室を出るのでありました。  補佐官筆頭は閻魔大王官が部屋を出たのを見送って、徐に背を伸ばそうとするのでありましたが、その時、文机の下に落ちている一片の紙切れが目に止まったようで、眉根をヒョイと挙げてやや首を傾げて、文机の下に注意を向けるのでありました。それから腰を屈めてその紙切れを拾い上げるのでありました。 「あちゃー、あのうっかり迂闊之助の爺さん、またやりおったわい!」  補佐官筆頭は語尾を閻魔大王官に似せて、少し声を張って云うのでありました。他の補佐官達が、補佐官筆頭の大袈裟なげんなり顔に同時に視線を向けるのでありました。それから補佐官筆頭の持っている紙切れを順番に覗きこんで、「ひょえー!」と悲鳴のような声を、大仰に両手を挙げて、これも覗きこんだ順番に発するのでありました。 「ええと、あのう、亡者様、慎に申しわけない限りですが、・・・」 (続)

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