<裏表紙あらすじ>
リデル弁護士はダルシー・ヒースの奇妙な依頼を反芻していた。裕福な老紳士が亡くなり自殺と評決された後に他殺と判明し真相が解明される。そんな推理小説を書きたい。犯人が仕掛けたトリックを考えてくれという依頼だ。何だかおかしい、本当に小説を書くのが目的なのか。リデルはミス・ヒースを調べさせ、ついにはスコットランドヤードのフレンチ警視に自分の憂慮を打ち明ける。
創元推理文庫にはままあることですが、この「フレンチ警視最初の事件」、裏表紙あらすじと、表紙をめくったところにある扉に書かれたあらすじがずいぶん違います。
扉のあらすじを引用します。
愛しいフランクの言葉に操られて詐欺に手を染めたダルシーは、張本人のフランクが貴族の個人秘書に納まり体よくダルシーの許を去ってからも、良心の咎める行為をやめられずにいた。そんなある日、フランクの雇い主が亡くなったと報じる新聞記事にダルシーの目は釘付けになった。これでサー・ローランドの娘は莫大な遺産を相続し、結婚相手がどこの馬の骨だろうと文句をつける人間はいないわけだ。フランクは何て運がいいんだろう。これは偶然なのかしら。一方、検視審問で自殺と評決されたサー・ローランド事件の再検討が始まり、警視に昇進したばかりのフレンチが出馬を要請されて……。
扉のあらすじの方がストーリー展開に忠実ですね。ダルシーが疑問に思って弁護士に相談にいったあとのことを裏表紙あらすじは書いています。
しかし、「Silence for the Murderer」という原題を、「フレンチ警視最初の事件」にしてしまうって、すごいセンスですねぇ。フレンチ警部が警視に昇進するのって、この本で扱う事件と何の関係もないのに...
事件のほうは、詐欺の片棒をかつがさせれたダルシーが、捨てられた恋人が殺人犯なのではないかと思い悩む、というもので、なんだかカーにありそうな設定だなぁ、と思いました。
視点人物とはいえ、ダルシーは犯罪の共犯者ですし、フランクが去ってからも一人で詐欺を続けているあたりの弱さをどうとらえるか、読み手のスタンスが分かれそうです。
カーならば、無理やりにでもハッピーエンドに持ち込んで見せるところですが、果たしてクロフツはどうか、そんな興味も湧いてきます。
以前あまりちゃんと読んでいなかったことと、創元推理文庫からじっくりではあるものの快調に復刊がされていることとで、ここ数年クロフツを読む機会が増えているのですが、退屈なアリバイ崩しが多い作家、というイメージと違って、いろいろとバラエティに富んだ作品を次々と発表していた作家なのだなぁ、とあらためて感じます。
確かに展開は、今の作品と比べるとゆっくりとしていますが、退屈というわけではなく、ゆっくり、というよりも、ゆったり、と言ったほうがよいのかも。この「フレンチ警視最初の事件」にもみられるように、決してセンスが良いとはいえないものの、ロマンス(!)も古き良きというか、時代を感じさせる滋味あるロマンスで取り入れられており、いろいろと目配りの効いた作家だったのではないでしょうか。
派手さはないものの、真犯人を差し出す手つきはなかなか微妙なラインを突いていて手堅い印象。
やはり、今後も着実に読んでいきたい作家です。
↧