「一種の、娑婆時代の名残みたいなものでしょうかねえ?」 拙生は同じように口をへの字に曲げるのでありました。 「そうじゃなあ。まあ、今後の研究の成果を待つしか、今のところないじゃろうのう。しかしお手前はその辺の研究の成果が出る頃には、もうとっくに亡者ではなく霊になっておるじゃろうから、今のお手前の疑問なんと云うものも、お手前自身が綺麗さっぱり忘れて仕舞うとるじゃろう。じゃによって、態々お手前にお知らせする事もせんけどのう」 「まあ、それはそうでしょうが」 「いやまあ尤もワシがそんな事を云うからと云って、お手前の今抱いておる疑問すっかりを、無意味な疑問じゃと退けようと云う了見は毛頭ありはせんのじゃぞい。お手前の疑問は大いに尊重して、適当にあしらうような事は屹度せんし、ワシの持っておる知識を総動員して誠心誠意応える心算でおるから、その点、誤解のないようにして貰いたいものじゃ」 「閻魔大王官さんの誠意の程は重々承知しております」 拙生はそう云いながら生真面目な表情でお辞儀をするのでありました。 「いやまあ、誤解をされるとワシの立つ瀬がないから、一応云っておくのじゃがな」 「そうするとですね、・・・」 拙生はメモに目を落としながら質問を進めるのでありました。「亡者が摂取する飯が口に入った途端非物質になる以上、亡者の体内で物質代謝と云う現象は起こらないのですね?」 「そうじゃ。霞を食っても屁にもならん」 「すると我々亡者がこうやって喋ったり散歩に出たり、あちらこちらと観光したりするその活動エネルギーは、一体どのように生成されるのでしょう?」 「それも諸説あるのじゃが、閻魔庁の亡者生理研究者の間では、恐らくお日様の作用によって活動エネルギーを得ているのじゃろうと云われておる」 「お日様の作用?」 「亡者殿がお日様の光を浴びる事に依って、先天的に持っている、活動素、と云う名前の緑色の色素が光のエネルギーと反応して、亡者殿の体内で活動エネルギーを生成しておると云う仕組みらしいのう。まあ、ワシにはそれ以上の詳しい説明は出来んがのう」 「まるで光合成みたいですね?」 「ま、大体それと同じ仕組みらしいぞい」 「云ってみれば我々亡者は植物に近いわけだ」 拙生は何となくその結論に、どう云うものか少しがっかりするのでありました。 「しかしあくまで亡者殿は物質的存在ではないので、この説も根本的に胡散臭い、或いは未だ肌理が粗い、と云う研究者もおるわい」 「その、活動素、と云う色素が非物質的である事を証明しなければならないのですね?」 「そう云うこっちゃわい」 「それに大体幽霊なるものは、一般的にお日様は苦手なものでしょうからねえ」 これは拙生の蛇足であります。 「そうじゃそうじゃ。日の出と共に早起きする幽霊なんぞ、幽霊の風上にもおけんわいの」 (続)
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