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拝み屋(9)

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               拝み屋(9)

「姉ちゃん、いつまで見てんの、他のところ行こうよ」
 信也君がつまらなそうに言った。信也君は生まれてからほとんど入院生活で、家庭の味は勿論、世間のことはほとんど知らない。似たり寄ったりの部屋ばかりある会社も、信也君にとっては、驚くようなことが沢山あるのかも知れない。
「それじゃ、ちょっとエライ人の部屋に行こうか」 
 そう言って、経理部長の部屋へ連れて行った。部長は常務と兼任しているので、なかなか広い部屋を使っている。大きなデスクと、ゆったり座れるソファーが置いてある。アイツはこんな部屋にふんぞり返って悪事を企んでいたのかと思うと、徹底的に痛めつけたくなってきた。思い知らせてやる。

 アカンさんには、部屋の場所を教えてあるので、その内やって来るだろう。時計を見ると、そろそろ社員が出勤する時間になっている。
 室内を物色するように見ていると、ドアが開いて貴子が入ってきた。キョロキョロ室内を見ている。貴子も、今日これから起きることを知っているので、アカンさんが来ているのではないかと気配を探ったのだろう。貴子は部長のデスクに書類を数枚と、新聞を置いて出て行った。入れ替わるようにアカンさんが閉まったドアをすり抜けて入ってきた。
「おはようさん、この部屋が悪党の穴倉かぁ、エライ立派やなぁ」
 そう言うと、私と同じように室内を物色するように見始めた。
「やっぱり悪党に間違いおまへんなぁ、ここの空気は気持ち悪いわぁ」
 アカンさんは顔をしかめながら言った
「空気って、霊体なのにどうしてわかるの?」
 私が訊くと、
「どう言うたらええのやろ、なんとのう、ざらざらして居心地が悪いんや。あんたにもわかるやろ?」
 そう言われて、その空気感を確かめようとしたけど、あまりよくわからない。
「とにかく、嫌な感じがするんや。これはなぁ、霊体でも生身でも同じや、悪い奴は変なもんを身体から発散するんや。心の汗みたいなもんかなぁ。科学者がきちんと調べたら絶対わかるはずや。心からなぁ、目ぇに見えん、小さい粒子いうんか、そんなもんが出るんやなぁ」
 アカンさんはそう言ってソファーに腰を下ろした。もうそろそろ来る頃だわ。そう思っていると、ドアが開いて部長が入ってきた。後ろから貴子も一緒に入り、今日の午前中の会議予定を確認して、午後の面会者の資料を手渡した。手渡す時に、部長は貴子の手首を掴み、
「いいだろう?」
 と抱き寄せようとしている。貴子がいつもこんな目に遭ってるなんて知らなかった。アカンさんは部長の後ろに近づいている。
「この、糞ガキ!」
 アカンさんが耳もとで怒鳴ると、部長は貴子の首に絡めようとしていた腕を驚いて離した。
「上司に向かってその言葉は何だ、あやまれ!」
 部長は貴子を睨み付けて怒鳴ったが、予想外の貴子の反撃に動揺しているみたいだ。
「何のことでしょうか、あやまるのは部長の方です」
 貴子も負けずに言い返したが、少し言葉が震えている。
「私の言うことを聞いた方が身の為だ。コーヒーを持って来い」
 憮然とした表情で言うと、革張りの回転椅子に腰掛けた。貴子は、部長の突然の変化で、気がついたようだ。辺りを窺うように見ている。私と信也君は、やることが無いのでソファーに座って見ているだけだが、アカンさんは、しつこく部長に付きまとっている。電話がかかってくる度に、耳もとで〈ボケ、カス、アホンダラ〉を連発している。部長は頭を叩いたり、耳に指を入れたりしながら電話に対応しているが、三本目の電話の時には、
「うるさい!」
 と大声で怒鳴り、その後、電話に向かって何度も頭を下げていた。貴子を呼んで、しばらく休むから電話を取り次がないよう指示すると、私の向かいでソファーに横になった。アカンさんはずっと部長の側にいる。


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