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拝み屋(8)

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          拝み屋(8)

「マスター、ありがとうございました。昨日まであれ程憂鬱だったのに、今は明日が楽しみになりました」
 貴子がマスターを見て、嬉しそうに言った。
「お礼を言うのは私じゃありませんよ、皆さんのお友だちの一美さんです。もし、一美さんと私が話をしなければ、こんな風にはなりませんでしたから」
 マスターはそう言うと、辺りを見廻しした。
「ごめん、すっかり一美先輩のことを忘れていたわ。ずっと聞いていたんでしょう? ねぇ、話したいんだけど、できる?」
 絵里子が言った。もう面倒臭い奴だ。話をしようと思ったら、まず私がマスターに話をして、その言葉をマスターに伝えて貰わないといけない。マスターに話していいか尋ねると、いいよと返事をしてくれた。信也君は待ちくたびれて、奥のソファーで横になっている。
「一美先輩はどうしてこうなったの?」
 もう、どうして絵里子は説明しにくいことを簡単に聞くのよ、いい加減にしてよね。
「色々ややこしいから、後で話す」
 と、マスターに伝えて貰った。
「いつ目覚めるの?」
 絵里子はバカか! そんなことわかったら苦労しない。
「そのうち目覚めるわ」
 と伝えて貰った。
  お母さんに、自分の状態を伝えて欲しいけど、絵里子の口からだと、尾ひれが付いて、とんでもない話になるかも知れない。余計な心配をさせるし、このことは絶対他の人に話さないように念を押した。絵里子は、そんなことしたら頭が変になったと思われるから口が裂けても話さないと言った。霊体になると、以前のようには話は弾まず、部長のことだけ確認して話は終わった。
 三人はマスターに礼を言って店を出て、私たちも途中まで三人の後を付いて歩いて病院に戻った。

翌日、久しぶりに会社に行った。まだ一人で病院から外に出るのは不安なので、信也君に一緒に来て貰った。信也君はあまり行きたくない様子だったけど、これが終わったら一緒に遊園地に行く交換条件で来てくれた。霊体ならどこでも行けるから、もっと面白いところがありそうに思うけど、普通の子どもが、普通に行くところに興味があるみたいだった。
 霊体には夜昼の区別があまり無い。ちょっと早く来すぎたみたいで、まだ誰も出勤していない。取り敢えず懐かしい職場を見て回ったが、いつも通りで特に変わったところは無い。でもこうやって職場をのんびり歩き回ると、普段気がつかなかったことを発見する。

 それはとても些細なことで、取るに足らないようなことだけど、何か重要なことのように思えた。窓際に置いてある小さな目立たない植物のことだったり、誰かの机上で、書類に埋もれながら転がっているエアープランツだったりする。霊体になったせいかも知れないけど、その植物には似合わないほどの大きな力を感じてしまう。どうしてだろう。 観葉植物は小さな葉を太陽に向かって広げ、エアープランツは、忘れ去られたように机上に転がりながら、空気中の水分を最大限に吸収している。彼らは自分の置かれた環境には一切の不平を言わず、百パーセントの力を発揮しているように思えた。そして彼らは、単独じゃなくて、どこかの大きな生命と繋がっているように見える。こんなことは考えたことも無かったけど、その生命の繋がりが何となく見えるような気がした。彼らが吸い上げているのは、鉢の中の水分でも、空気中の水分でもなく、宇宙に充満するエネルギーじゃないかって思えた。昔、父が話してくれたダークエネルギーのことを思い出した。

 父は、この宇宙空間には未知のエネルギーが七十パーセントもあると教えてくれた。その時は、そうなのって思っただけだったけど、この植物を見ていると、その奥の方に、とてつもない何かが潜んでいそうな気がした。霊体の自分も、ベッドで眠っている自分も何かで繋がっているし、信也君とだってどこかで繋がっているかも知れない。
 そう思ったら、田舎の使わなくなった土地を思い出した。五月の連休に帰省して、家族総出で、タケノコ掘りをするのだ。地面の下には竹の根が縦横に伸びていて、地上では別に見えても、地中では繋がっていたりする。家族は血縁という繋がりがあるけど、見ず知らずの他人でも、もしかしたら宇宙という地中では繋がっているような気がした。なんだか、窓際の植物を見ているだけで、途方も無い考えに膨らんでしまった。霊体でいると、世間のことが、とてもちっぽけなことに思えることもある。私の知らない、もっともっと深くて広い世界があるに違いない。


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