世界的に有名な英国推理作家協会の賞には、ゴールデン・ダガー賞やシルバー・ダガー賞があることは知っていましたが、ダイヤモンド・ダガー賞というのがあるというのは、知りませんでした。
過去のキャリアにおける目覚しい功績と、クライム・フィクションの分野への重要な貢献が受賞基準だそうです。宝石で世界的に有名なカルティエが後援しているらしく、賞の短剣にはカルティエのダイヤモンドが飾られているそうです。
これまで受賞した中には、P.D.ジェイムズ、ジョン・ル・カレ、ディック・フランシスなど、錚々たるメンバーがいます。2010年に受賞したのが、ヴァル・マクダーミドです。
彼女の『迷宮の淵から』(集英社文庫)を読みました。
ダイアモンド・ダガーを受賞するくらいの作家ですから、日本でも『殺しの儀式』『殺しの四重奏』など、多数が邦訳されています。
私もかなり読んではいるのですが、これまではあまり印象に残っていませんでした。
この小説の舞台はスコットランドの炭鉱町です。マクダーミド自身もこのあたりで生まれ育ち、オックスフォードに進んだのだそうです。
このあたりのファイフやダンディーという地名は、私の知人が住んでいて、訪ねて行ったこともあり、とても親しみがあります。ダンディという形容詞はこの地名から来たんだそうです。
私の知人もダンディ大学に勤務していました。
ちなみに、スコットランドには、ツイードの語源となったツイード川も流れています。
この炭鉱町で1985年1月に起きた金持ちの娘と孫の誘拐殺人事件がこの物語の発端です。
でも、舞台はすぐに2007年6月のファイフの州都、グレンロセスに移ります。
ここの未解決事件再捜査班を率いる若く有能な女性警部補、カレン・ピーリーが主人公です。
彼女のもとに、1985年に行方不明になった父親を探してほしいと女性が訪ねてきます。
不治の病の息子に骨髄移植してもらうために、ぜひとも探し出したいというのである。
この行方不明事件が起きたのは、おりしもサッチャー政権のもとで石炭産業の不況が深刻化し、全国的な炭坑ストライキが起こり、泥沼化したまっただ中の1984年12月のことでした。
行方不明になった男はスト破りをして街を離れたといわれていたのです。
でも、カレンはそうではなかったことを突き止めます。
同時に、親友だった炭鉱関係者も同時期に行方不明になり、どうやら自殺したのではないかとみられていました。
全国的に勢力をもっていた炭坑の労働組合がどんどん追いつめられていく、このあたりの事情は映画『ブラス!』や『リトル・ダンサー』などによく描かれていますが、私には、英国で研修していた年の翌年になるので、なんだか他人事には思えません。スコットランドの精神科病院でも2週間ほど研修し、周辺地域への訪問にも同行したので、あたりの自然もなつかしく思い出されます。
もう一つ並行して進む物語があります。
女性ジャーナリストのベル・リッチモンドです。
彼女は、イタリアの廃屋でみつけた人形劇のポスターから、1985年の誘拐事件にからむ秘密の鍵を見つけたと直感し、その事件の被害者であり、地域の有名人である、ブロデリック・マクレナン・グラントの住むロスズウェル城に乗り込みます。
こうして、物語はスコットランドと、事件が展開したイタリア・トスカーナとを、そして時間も1985年と2007年を行ったり来たりしながら、人間関係ももつれあいながら、進んでいきます。
そして、最後には・・・。
話としては面白いし、歴史的背景もそれなりに描かれているのだけれど、女性警部補(この人も小柄です)の内面も、あまり深く描かれているわけではなく、北欧ミステリーのリアルさはないような気がします。
今のところは、北欧ミステリのほうに軍配!
↧