拝み屋(7)
「うちは、嘘はつかへん。自慢できるんはそれだけやけどな。三日もしたら、スケベな部長は、目ぇ真っ赤にして社長に自分の悪事を白状しよる。あんたらは、それでええんやろ。その代わり、五万円貰いまっせ」
アカンさんは、嬉しそうに言った。五万円で解決するなら安いものだ。ダメ元で試してみてもいいかも知れない。みんなもそう思ったみたいで、貴子が、部長の髪の毛を明日中に用意すると言うと、アカンさんは、そんなものは要らないと笑った。絵里子が理由を訊くと、それは営業用で、そうした方が客は喜ぶらしい。本当は顔と居場所さえわかればいいようだ。
やり方はとても簡単で、目を閉じると、自分の霊体が浮き出て自由に動き回れるようになるらしい。後は、聞いた居場所に行って、ひたすら耳もとで囁くらしい。大抵は一日もあれば十分だけど、悪い奴ほど時間がかかり、三日目くらいになると、いい加減うんざりしてきて、怒鳴り散らす奴もいると話してくれた。
ご先祖様の声を聞いたとか、神様の声が聞こえたというのは、アカンさんに言わせると、誰かの仕業らしい。一番依頼の多い話は、遺産相続争いで、ご先祖様になって子どもたちに話して欲しいという依頼だと教えてくれた。こういう依頼はやり甲斐があって、いがみ合っていた兄弟や親戚が仲良く分け合うと嬉しいと笑った。次に多いのは浮気関係で、ほとんどは本妻からで、浮気相手に綺麗に身を引かせるよう依頼される。こんな時は、神様や仏様の振りをして囁くこともあるらしい。でも最近は、そんなことじゃ効き目が無くて、悪魔になって脅かす方が効果があると話した。昔は、良心を少しつつくだけで、心を改める人ばかりだったけど、最近は酷いと嘆いた。そして、依頼された部長は酷い方に違いないと言った。だけど、最初は優しく神様の振りをして声を聞かせるらしい。それで悔い改めてくれれば、その後の人生を変えることができるのだと力強く言った。
性根の腐った奴は脅かすのが一番で、効き目はあるが、結局、また同じようなことを繰り返すことになって、最後は自滅する人生になってしまう。恐怖で動く人間は、また恐怖で動いてしまい、何も学ばないからだと言った。
良心という軸がしっかりしていれば、必ず幸福がやって来ると優しい目で教えてくれた。良心というのは、他人様を大事に思うことだとも教えてくれた。見かけによらず大阪のおばちゃんの言うことは深い。姿や形で見ていた自分を少し反省した。
部長のいるオフィスと、自宅の住所を伝えると、早速明日から開始すると約束してくれた。状況によっては協力をしてもらうこともあるらしい。打ち合わせはそれくらいで、後はアカンさんに任せて様子を見るしか無い。もっと話を聞きたかったが、今も依頼を受けていることがあって、これから家に戻って横になると言った。詳しくは教えてくれなかったが、中学生の子どもに、亡くなった母親の言葉を伝えるらしい。伝えると言っても、本当にその母親と話すことはできないので、自分が母親になったつもりで一生懸命に考えると言った。アカンさんは、来た時と同じように勢いよくドアを開け、バイナラと言って消えた。あれって、昔流行った流行語だったかしら。
残った三人は、顔を見合わせて笑っている。あの、大阪のおばちゃんが残して行ったエネルギーと、ささやかな安堵感が、残り香のように漂っている。