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拝み屋(6)

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                        拝み屋(6)

 約束の時間より少し早く、信也君と一緒に喫茶店に行った。入り口でこの喫茶店の名前を見ると、喫茶リンデンバウムと書いてあった。予想通り店内には誰もいない。マスターが暇そうにカップを磨いていた。
「マスター、来たわよ。何も注文しなくて悪いね」
「一美さんだったね、あんたの言うように、友だちの絵里子さんに電話しておいたよ。最初は信用してくれなかったけどね、あんたから聞いた話を伝えるとわかってくれたよ。もうすぐ来ると思う」

 マスターはそう言うと、モーツァルトの四十番をかけた。信也君は黙ってマスターの隣に座り、静かに聞き始めた。昨日は店内をゆっくり見ることはできなかったけど、壁面には色々な絵画が掛けてある。その中で一番目を引く一枚があり、近くに寄って見た。年老いたギタリストが首をうな垂れている。酔っ払って眠り込んだように見えるけど、何か惹き付けられる。横に小さな字で、オールド・ギタリストと書いてある。ピカソのレプリカね。青の時代の作品のようだ。モーツァルトの交響曲とは相容れないように見えるけど、じっと見ていると、ギターを抱いた老人の心と次第に重なり合うように感じる。どうしてだろう。

 ドアの開く音がすると同時に、マスターがいらっしゃいと声をかけた。絵里子たちが揃ってやって来た。
「一美は来ているの?」
 絵里子が真っ先に訊いた
「勿論、先ほどから見えていますよ」
 と丁寧な口調で答えた。三人は、店内を見廻ししながら、まだ信じられないような顔をしている。半信半疑なのだろう。無理も無いけど、そんなことじゃ話が進まない。私はマスターに、絵里子の秘密を幾つか教え、それを絵里子にそっと伝えるようにお願いした。それは絵里子が、絶対内緒にして欲しいと言って私に相談した恋愛話だ。マスターから耳打ちされるように聞いた絵里子は、途中で話を遮り、信用しますと言った。

 三人はソファーに腰を下ろし、辺りを見廻ししている。私の存在を確かめようとしているみたいだけど、全く見当違いな方向ばかり見ている。
「拝み屋さんも、間もなく見えると思います」
 マスターが声をかけた。一体どんな人なんだろう。マスターの話では、昏睡状態にならなくても、霊体になって動き回れるらしい。私と違うのは、誰にでも声を聞かせることができることだ。私もこれができたら、見舞いに来たお母さんと話すことができる。マスターが若い頃世話になったのだから、かなりの高齢なのだろうか。そんなことを考えていると、ドアの音がした。

「入るでぇ、久しぶりやなぁ」
 派手な服装をしたお婆さんが、勢いよくドアを開けて入ってきた。
「いつ見ても不景気な顔やなぁ、楽団も絵も陰気くさいわ。もっと、パアッと明るうせんと、この店潰れてしまうわ」
 と、マスターの顔を見て笑った。
 髪の毛は黄色に染めて美輪明宏みたいだし、ジャケットは豹柄だ。絵に描いたような大阪のおばちゃんが、皺くちゃな顔にパウダーをこれでもかっていうほど塗りたくっている。ちょっとマスターを信じすぎたかも知れない。絵里子たちを見ると、まるで判で押したみたいに、口をポカンと開けて見ている。
「紹介しますね。田崎阿寒さんです。大体の話はしてあるので、後は皆さんでお話し下さい」
 マスターは苦笑いをしながら言うと、カウンターの中に入り、コーヒーを淹れ始めた。

「あんたらかい、拝み屋の世話になりたいっちゅうのんは」
 婆さんはこてこての関西弁で話しかけた。絵里子は、上目遣いで婆さんを観察しながら、はい、と返事をすると、簡単に自己紹介をした。貴子も俊介も同じように自己紹介をし、肝心な話しを始めた。婆さんはフムフムと頷きながら黙って話を聞いている。見ていると、聞いている振りをして居眠りしているようにも見える。頷きながら話を聞いている人が、本当は一番話がわかっていないという統計もあるらしい。
「会社の難しい話はようわからん。そやけど、その部長いう奴が悪いことはようわかった。ええ歳して、若いおなごを脅かして抱こうっちゅう心がけが気にいらん。うちに任したらええ。えらい目ぇにあわしちゃる」
 拝み屋のアカンさんは、そう言うと大きな口を開けて笑い、外れそうになった入れ歯を慌てて直した。
「あのう、本当に大丈夫なんですか?」
 貴子が遠慮がちに訊いた。


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