<イエスは言われた。「誰もがこの言葉を受け入れるのではなく、恵まれたものだけである。結婚できないように生まれついた者、人から結婚できないようにされた者もいるが、天の国のために結婚しない者もいる。これを受け入れることの出来る人は受け入れなさい。」(11.12節)> 主イエスはガリラヤから離れて「ヨルダン川の向こう側のユダヤ地方」に行かれ、そこでも大勢の人々を癒された。その道は、十字架の死が待つエルサレムへと続く道であった。 その主イエスに、ファリサイ派の人々が近寄り「理由があれば、夫が妻を離縁することは、律法に適っているのでしょうか」と言った。領主ヘロデは自分の兄弟の妻を略奪し結婚した。そのことをパプテスマのヨハネに糾弾され彼を処刑した。彼らは主イエスもヨハネと同じようにヘロデ王を非難するなら、それを口実に告訴できると思っていた。 申命記24章「人が妻をめとって夫となった時、妻に何か恥ずべき事を発見したため気に入らなくなった場合は、夫は離縁状をかいてその女の手にわたし、彼女を家から去らせなければならない。」 「気に入らなくなったら」とはあいまいな言葉である。女性蔑視の時代、たとえば「姦淫」以外にも「食事がまずい」「病気になった」だけでも、夫に離縁の口実を与えていた。 主イエスは彼らに「あなたがたは聖書を読んだことがないのか」と彼らに問い返された。そして「・・・神が結び合わせて下さったものを、人は離してはならない」と続けられた。すると彼らは「ではなぜ、モーセは離縁状を渡したのですか」と尋ねた。 律法に縛られ、絶対に離縁が出来ないと分かると夫は妻を虐待し、暴力を振るい、経済的にも苦しめる。妻は生涯その境遇で堪えていかなければならない。離縁は男性のためではなく、苦しむ女性のために許されたのだと主イエスは言われた。 離縁状を書いて渡した目的は、妻が不貞の罪を犯したのではないことを証明した。不貞の罪とされる女は石打ちで殺されなければならなかった。離縁状によって、女性に再婚する機会が公に与えられた。 私たちの教会では明日Fさんの結婚式が行われる。彼女は70歳、彼は75歳。陪席はそれぞれの兄妹2人で、牧師ご夫妻を入れて6人だけの結婚式。主の恵みがありますように。
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